小堀球美子のひとりごと

高倉健の男気

健さんが亡くなり、テレビで幸福の黄色いハンカチが放映されていました。ふと、気づいたことから、疑問がふつふつ。
健さん扮する島勇作は、殺人を犯し網走刑務所に6年間服役したといいます。勇作の様子から模範囚であったと想像できます。
すると、通常は、刑務所長が仮出獄の申請を更生保護委員会にしたと思います。昭和52年の犯罪白書を見ると、仮出獄の棄却率は10%程度。勇作がこれにもれたとは思えません。
そうすると、勇作は仮出獄で刑務所を出た?
そこで、疑問がわきます。
第一に、仮出獄であれば、保護観察が付いているはずで、刑務所を出ても、遵守事項が定まっていたはず。夕張に行くか、東京に行くか、悩む自由はあまりなかったはず。
第二に、勇作は、途中無免許運転で警察署に連れて行かれています。無免許運転は起訴されれば最低罰金刑が付きます。もし、起訴されていようなら、勇作は再び収監され、その後金也や朱美と夕張には行けなかったはず。
たとえば、第二については、警察署で怒られただけで微罪処分で処理されたなら、確かに、旅は続けられたかも。この辺、実務でどの程度微罪処分で猶予されるか不案内です。
でも、第一の保護観察の疑問はまとわりつきます。映画の様子では保護観察はうかがわれません。
つまり、勇作は、仮出獄でなく、刑期を全部終えて出所したと考えるのが素直でしょう。
しかし、模範囚であったろうに、仮出獄を許されない理由とは???
おそらく。
勇作は、仮出獄を拒み続けたのではないか。出所すれば、奥さんに再会できるかの人生の岐路に立つ。それを恐れていたのではないか。それとも、彼の男気から刑期を途中で終了させるのを潔しとしなかったか。
そんな想像を巡らして、高倉健の男気に思いをはせています。

2014-12-03|タグ:

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