小堀球美子のひとりごと

簡裁について

私が29歳まで住民票のあったところが、埼玉県日高市武蔵台というところです。西武池袋線の終点、飯能駅から秩父へ延びる西武秩父線に在る「高麗」が最寄り駅です。

池袋から飯能で乗り換え(当時の記憶です。もしかしたら今は直通があるかもしれないです。)、1時間以上かかります。

ここに私は、小学校3年生から司法研修所の前記修習まで住んでいました。どこに行くにも遠かった。高校から都内だった私は、高校の先生にも「小堀さんが一番遠いけど頑張っています」など、まあ、それ以外に褒めるところがないからそう言ったのかな?

大学も、司法試験受験の自習室にも、そこから通っていました。池袋自体が都心からは外れていますから、やっぱり遠い。

でも、そこに住んでいる人は、長距離移動も日常ですから、不思議と遠く感じないのですね。ドトールのバイトをしていたときも、始発で出て、開店準備作業なども行っていたし、受験予備校の早朝特訓などにも行っていました。

今日は、高麗の人から見ると「ちょっと都会」の飯能に行ってきました。昔は駅前に、マクドナルドやケンタッキーもあったし、デパートもありました。今はそれらはありませんでした。

少子化とか、高齢化社会、地方の衰退など、思えば昭和の終わりから言われていました。「子どもがないと切羽詰まった問題ではないかもね」などとも言われましたが、子がある人達もこの状態を真剣に議論しなかったからこうなりました。

結局、子があってもなくても、人は自分のことしか考えていないということです。今が一番大事。

ほんとうに、人は無責任が原則なのだと改めて思いました。

2026-06-23|タグ:

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