小堀球美子のひとりごと

大森浜について

函館の繁華街は、駅前から朝市を通って、元町まで続くベイエリアです。この町は、函館港が大森浜とで陸を挟んでいるような地形ですが、その距離は一番短いところで1キロメートルしかなく、陸の西には自然の要塞函館山が鎮座しています。旅人は、自家用車の用意がなくても、この町の主立った観光地点を巡ることの出来る便利な地です。
それなのに、なぜ、大森浜というベイエリアから離れたところに啄木記念館があるのかなと疑問に思いました。
大森浜は、函館戦争の舞台ともなったところで、ここから上陸した兵士もたくさんいたと思います。
その何十年か後に、啄木が、好んで散歩し、いくつもの秀歌を残しました。
明治の時代ですから、通信手段も限られており、啄木もどこまで函館戦争について認識していたか不明です。よく知っていたけど、詩に詠まなかったのか、別段その戦争に思いをはせることもなかったのかは分りません。
東海の小島の磯の白砂に我泣き濡れて蟹とたわむる
もっぱら一人の人間として人生の哀愁を詠んだ詩人。大森浜は、その哀愁を呼び起こす景観を持っていました。
この場所にあって、啄木の詩碑も銅像も意味を持つのだなと思いました。
寄せては返す波を見ていて、なかなかシャッターが切れませんでしたが、空港への帰りのバスからようやく一枚大森浜から日の沈む函館山を写しました。
啄木.JPG

2011-01-08|タグ:

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